おおきく振りかぶって 第7話おおきく振りかぶって第7話 野球したい 《三橋君、投げる気なくしてない。あの子の投げることへの執着はたいしたもんだわ。それより、自分がショック受けちゃってピッチャー放っておくなんてまだまだだぞ》 《何でだ!?織田も畠も打てないはずのボールなのに。俺は何か間違ってるのか!?》 七回裏、三星学園の攻撃。 畠に逆転ホームランを許してしまい2対3で三星学園の1点リードとかわる。 「切り替えてこうぜ」 「これからこれから」 ベンチに戻る三橋に栄口や西広が声をかけるが、三橋はベンチに入らず脇に座り込んでしまう。 《ベンチに入らねえ、入れねえんだ。俺の配球で打たれても、俺が打たれるわけじゃねえ。痛い思いしたのはこいつじゃねえか》 《あ、阿部君だ、ちゃんと、して…あ、謝らなきゃ…ぅ…力が…顔があげられないっ…》 「ごめん…俺が自分の欲でアウト焦った。3塁打もホームランも俺の責任だよ。お前はよく投げてんだ、顔上げろ」 「な、何で阿部君が謝るんだ?…ょ…ヨク?」 「欲張ってノーヒット・ノーランを狙ったんだ」 「それが何で…?」 「お前が!!お前が三星に未練タラタラな顔してっからはっきり差つけて勝ちたかったんだよ!!」 「あ、あの…」 「1、2、3番、集合」 《俺が三星に…?》 「この回、1番からの攻撃。4番の田島君を敬遠させないためにはどうしたらいい?」 「えっと…塁に出る」 「塁を埋める」 「そう、3人で満塁にするつもりで攻めるんだよ。狙うのは…投手!!叶君はこの回で80球を越えるの。練習球も止めてるでしょ」 『8回の表、西浦高校の攻撃は1番、セカンド栄口君』 攻撃は八回表。 《チームバッティングだ、なるべく球数を投げさせる!!1球目はストライクでも…見る!!》 「ボール!!」 《もうけ!!際どいトコ、ボールとった!!》 《今のボールかよ、クソ!!こっちは球数制限されたんだぞ。1番は今まで積極的に振ってきてる。ここは2球目からフォーク使って空振りひっかけさせる!!》 「ボール!!」 《クソ!!待たれた。でも…?あ!?まさか、待球の指示が出てる!?そうか…!!こいつら叶の体力見越してチームぐるみで球数放らせる気だ。それならば2ストライクまでは楽に入れさせてもらうぜ!!」 《真ん中かよ…》 栄口は振って、ファールにします。 《振ってきた。―いや、惑わされるな!!絶対待球してきてる!!》 《また待球かよ。真ん中真っ直ぐは気合いる分、疲れんだぞ。逆らわねえけどさ》 《なかなかやるわね。捕手が真ん中投げさせるってことは待球がバレてる可能性高いんだけど、バッターが振りにいっとけば叶君にプレッシャー与え続けられる。栄口君、指示をよく理解してるね!!》 《前に飛ばそうと思わなければ真ん中を当てるくらいはできるんだよね》 《これで2-2。次ストライクならファール狙ってくる。同じコースにフォーク放ってやりゃ空振りするぞ!!》 《やっとフォークか。これで終わり!!》 「ボールスリー!!」 《み…見やがった…!!》 《うあ~良かった~。ストレートだったらどうしようかと思ったぁっ》 《やるやるぅっ》 《2-3か》 「ボールフォア!!」 《クソ!!気合じゃ誤魔化せなくなってきた。ブルペンならこのくらいの球数こなしてんのに。マウンドで放るとこんなに消耗するものなのか。三橋は中学時代からずっとこんなことやってたのかよ!!》 《中学時代の三星は俺のせいで酷い状態だった。今、戦ってる三星は中学の頃、俺が夢見ていた三星なんだ。俺は三星に戻りたいのか!?》 『2番、ファースト沖君』 沖君はデッドボールになって、塁を進める。 《しょげるな、叶。しょげてる暇はねえぞ》 『3番、キャッチャー阿部君』 《こいつをとらなきゃ満塁で4番に回っちまう!!》 《キャッチがずっと真ん中に構えてる。待球だと思い込んでるんだ。なら!!》 《クソ、畠。真ん中は疲れるっつってんだろ!!》 阿部の打った球は二遊間を抜け、ランナーそれぞれ進塁し、ノーアウト満塁で4番に回ってくる。 『4番、サード田島君』 「うおっしゃー!!」 「フォースアウトを確認しとくぞ。それから、ここは1点やってもいいから近いところでゲッツーとろう!!ツーアウトとっとけば、サードランナー残して――」 叶は畠の股間を蹴り上げる。 「キンタマケース付けてるな。深く握っていいか?」 《ほぉ、今まで浅く握っとったつうんか。つまり叶のフォークはもっと落ちるフォークを持っとんのや。畠の捕球がおぼつかんでよう放らんかったわけか》 「せやけど満塁やで。敬遠押し出しよりゃあええが、後ろこぼしてもたつきゃ逆転されてしまうやん」 「2塁打なら3点入る」 「そら、そやけど…」 「…止めりゃいいんだろ?できるさ、来い!!」 《打点がいっぱいつくぞぉっ》> 《1球目から行くぞ!!》 《うん》 《フォークは回転が丸見えなんだよね》 「ストライク!!」 さっきまでより堕ちたフォークに空振った田島。 畠は落ちるフォークを上手くキャッチできません。 《随分落ちたような…》 《ナイスストップ》 《次も今の球が来る!!見逃せばボール、待球させるか。こら、田島、サイン確認…こっち向け。…!?凄い集中》 田島は2球目も空振りしてしまう。 《1球目は覚えてた球筋で振っちゃったけど今度はしっかり計った、次は打てる!!》 田島は叶のフォークではなかったチェンジアップを打ち、栄口はホームへと返る。 泉がセカンドの肩が弱いからともう1点入れようと沖を走らせたことで沖までもアウトになってしまう。 《今の三星がいい感じなのは叶君が投げてるからだ。俺があそこに戻ったとしても…》 「おい!! 「田島君…」 「無死満塁だったのに1点しか入れられなかった。4番のクセにかっちょ悪ぃけど、ベンチに帰れねえことはねーよ。お前、力全部出してんだろ?守ってりゃそれは分かるから、一緒に帰ろうぜ!!」 《田島で同点止まり。ここで逆転できなきゃ苦しいぞ。花井、打てよ俺をホームに返らせてくれ!!》 『5番、センター花井君』 《1点やったけど、ホームゲッツーをとれた。こいつを抑えればまた流れをうちに戻せる。こいつには普通のフォークで十分だ!!》 セーフティバントした花井。 《ノーサインで!?阿部君は…》 《2死なら、ファーストへ送る!!行っとけ!!」 叶がファーストへボールを投げている隙に3塁にいた阿部はホームへ返り、西浦は逆転する。 「よっしゃ!!」 《逆転…クソ!!》 《あかんで、叶。エースナンバーしょいたいちゅう人間がマウンドでその態度はアカン》 「!?オイオイ、何も泣くこと…」 「!!なっ、泣いてねーよ!!汗が目に入ったんだよ。プレイ中だぞ、戻れよ」 「…足は?」 「何ともねェ、ツーアウト!!」 《叶は謝らんな。情けない自分への怒りはあっても、それによって逆転されたことを仲間に詫びん。お山の大将はそれでええんや。俺はそういう投手が好きなんや。踏ん張れ、叶!!》 《ふう~~、叶君をバテさせといて良かった。しかし、花井君も硬球を恐れずよくバントしたわ。色々考えてて偉いぞ!!おっとう、田島君が連れてきたか》 「重いぞ…あれ、動かなくなっちゃった。とりゃ!!」 ベンチの前まで来て、ベンチに入らない三橋の尻を自分の尻で押す田島。 田島が復活したのでホッとする水谷や栄口。 「俺がフライ落としたから、俺のせいかと思ったぞ」 「平気?せめてベンチの中で落ち込めよな。ほら、逆転したぞ。後2回頑張れよ」 「に!!」 田島に肩をポンと叩かれ、栄口にちゃんと水分取れよと紙コップを渡される三橋。 「あ、ありがとう」 《阿部君の言う通り、俺は確かに三星に未練があった…。だけど、だけど…だけど…》 「後は9回裏、ここを押さえれば…」 「2番からの攻撃だ、4番の前にランナー出さなきゃいいからな」 「う、うん…。あ、あの…阿部君、あの…」 「何だよ?」 「サインに首振るの駄目なの分かってるから…」 「あぁ!?」 「振らないよ、振らないけど…さっきの4番の人、俺打たれるって思ったんだ。よ、よく分からないけど、1球目、目瞑って振ってて何か変だったから…と思う」 《言えた…。あ、阿部君、怒ってる…。逆らう気はないよ…》 「何でその場で言わねえんだ!?ノロマ!!」 《成程ね、じゃ織田には揺さぶりが効いてなかったんだ。俺の考え方が間違ってたわけじゃねえんだな」 「よし、これでいけるぞ」 《今、目瞑ってって言ってたよな…。こりゃ、捕手にバレたな。やっぱあんな手は一回きりだ。情けねえが、俺じゃここまでだ。後はもう選手に託すしかない》 『9回の裏、三星学園の攻撃は2番、センター柊君』 柊、吉とアウトをとっていく西浦はあともう1つアウトをとれば勝利となる。 三星の攻撃は4番の織田の番となる。 《さっき3塁打打たれた人なのに、怖くないぞ》 《1球目は全力投球だ。真ん中だけには入れるなよ》 「ストライク!!」 《入った、これは大きい!!》 《忘れとった。このスピードもあったんや。引っ掛けるトコやった》 《怖くない…わけじゃない。だって打たれるかもしれないってすっごくドキドキしてる。だけど、中学の時とは全然違うドキドキだ!!》 織田は何とか三橋の球を打つもファールとなってしまう。 《3球勝負だ》 《遊び球はない。来る!!》 「織田!!終わんな!!」 《俺は今、マウンドで勝負を楽しんでるんだ。俺はここで――》 《次は内、ためてためて…。これは真っ直ぐ!!のびる―》 「ストライク!!」 《ホントのエースになる!!》 西浦高校は勝利するのだった。 「車、10分くらいだそうです」 「ありがとう。皆、荷物持って門の所まで行くよ!!」 「三橋…」 畠に声をかけられ、走って逃げようとする三橋を捕まえた阿部は嫌がる三橋を畠の目の前まで連れて行きます。 《俺達は勝ったんだ。大丈夫、こいつは何言われても三星に戻ったりはしない!! 「三橋、お前の中学時代を俺が滅茶苦茶にしちまった。俺が悪かった、ごめん!!」 三星学園の中学時代のチームメイトたちが頭を下げて謝ってきます。 「償うチャンスをくれないか?戻って、来いよ」 《戻らねぇってはっきり言え。言ってくれ、三橋!!》 「…戻…らない…」 「何でだよ!?今日、負けてやっと皆お前の力認めたんだぞ。やっと俺の言ってたこと、証明されたのに。お前の捨てた1エースナンバー、俺に拾えつうのかよ…!!」 「!!すっ…捨ててない。三星のエースはずっと叶君だよ。それを俺が無茶して…皆の中学時代ぶち壊したのはお、俺じゃないか…。俺のせいで野球になんなかったじゃないか。なのに俺、誤りもしないで逃げちゃって…。でも、今日は来て良かった。だって俺はずっと皆と野球がしたかったんだ、今日みたいに。ずっとしたかったんだ」 「野球したっつたって敵同士じゃねえかよ」 「おい」 「だってさ、ずっと一緒だったのに!!転校までしちゃって、お前、1人で寂しくないのかよ!?」 「…寂しく…ないよ」 《そんな風に言われたら、こっちが寂しくなるじゃんかよ》 「そりゃ、そうだよな。そっちのチームで既に動き始めてるんだもんな。うちだって外から来た奴入れて、中学の時とは別のチームとして動き始めてる。お前はそこの中心になるんだからな。もう三橋の影にゃ隠れてらんねえんだよ」 「そ、そんなこと言ってねえだろ」 「また、試合しよ…。あ、いや…して下さい…」 「絶対な」 「うん」 「あ、そうだ、三橋。真っ直ぐのクセ出てたぞ。焦ると出んだな、他のも洗い直せよ。あと、これだけは言っとくぞ。試合は負けたけど、投手としては叶の方が上だからな!!」 「負けても言うか!?」 合宿所に戻ってきて、タオルを干している阿部。 《あ、三橋…?肉刺でも潰したか?》 三橋は練習試合前の合宿期間、全然眠れていなかったので、練習試合も終わって気が抜けたのか、眠っています。 「寝ちゃった?」 「あの、寝かせといてもいいすか?こいつ、この頃眠れなかったみたいで」 「風邪ひかないように布団敷いてあげて」 「この安心は阿部君があげたんだよ。阿部君が三橋君に信頼されたってこと。捕手が投手に尽くした分を投手は信頼で返すのよねェ。信頼されるっていいもんでしょ?さ、最後の夕ご飯だ。肉、仕入れに行くよ!!」 《こっちからの一方通行じゃないんだ。俺は3年間、お前に尽くす。西浦を選んで良かったって必ず思わせるからな!!》 次回、「スゴイ投手?」 |